紙芝居博物館創始者 塩崎源一郎からのごあいさつ


 私は、第2次大戦直後の荒廃した世にあって、子供の心を明るくしようと、一念発起し、街頭紙芝居の絵元(製作元)・紙芝居総合センター「三邑会」を設立しました。

 

 街頭紙芝居の絵元とは、紙芝居画家に画をかかせ(製作)、紙芝居屋に画を貸し出す(配画)、紙芝居業者の中心的存在です。1955年、私は所蔵する紙芝居画3万巻(1巻は10枚合計30万枚)を紹介する「塩崎おとぎ紙芝居博物館」を創設しました。

紙芝居画は全て手描きで、世界に1枚しかないものばかりです。その中には、酒井七馬(手塚治虫の師匠)や武部本一郎(SF画の巨匠)、躍動する時代劇画と美人画の名手、佐渡正士良、山口正雄、くつな峰秀などの名画もふくまれています。

 

 また、「お笑いユーモアもの」「偉人伝」「チャンバラ時代劇」「探偵サスペンスもの」「お涙頂戴人情ばなし」「ほのぼの童話、昔ばなし」「活劇ヒーローもの」「奇想天外・支離滅裂もの」「宇宙サイエンス・フィクションもの」「怪奇ホラーもの」「とんちクイズ」など、子ども心をワクワク、ドキドキさせた、あらゆるジャンルのストーリーがそろっています。

 

 かつて、日本のあらゆる町や村で、子供たちの心をとらえてはなさなかった街頭紙芝居は、今、この塩崎おとぎ紙芝居博物館に生きているのです。皆様も、ぜひ、紙芝居原画の迫力と水準の高さを、自らの目で確かめてください。紙芝居画はみなさまの心の奥にぬくもりをもたらし、ゆったりした時代の陽だまりの場所へと導いてくれるでしょう。

 

 そして、日本の子どもたちの大好きな、この街頭紙芝居を、21世紀の世界の子供たちに紹介することが、私の使命であると決意し、それを実行しております。

 

 今後とも「街頭紙芝居を今に生かす」塩崎おとぎ紙芝居博物館に対し、ご支持、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

            1999年 米寿の吉日に 塩崎源一郎

 



塩崎源一郎さんとゆうさんの2人で歩んだ紙芝居人生!

現在は、塩崎おとぎ博物館の館長をつとめる塩崎ゆうさんは88歳(1920-2011)。

全国で唯一、今も活動を続けているのが三邑会ですが、ゆうさんは、夫源一郎氏を支え続け、源一郎氏亡き後も、会員を家族のように見守り、街頭紙芝居に必要なネタの仕入れから紙芝居の手入れ、紙芝居の貸し出し、見学者の対応など一切を引き受け、博物館を守り運営を続けました。

会員は減少してはいるものの、家族のような付き合いをするのもばかりです。自宅の一部を紙芝居数万点を所蔵する「塩崎おとぎ紙芝居博物館」として希望者に公開(要予約)しています。

昼も夜も、紙芝居の為に働き続け、何の道楽なしに、紙芝居の為だけに生きたお二人です。二人の財産は、すべて紙芝居に変わりました。自宅は、紙芝居で埋まっています。

この灯を消すわけにはいきません。